痰の吸引を知りました
対人援助学マガジン64号(2026年3月15日刊行)5ページから16ページの「執筆者@短信」に投稿した文章を引用します。

喘息と肺炎の治療で入院中のため、「ヨミトリとヨミトリ君でご一緒しましょ!」の投稿をお休みします。
前号からのこの 3 ヶ月は、意識障害との診断を受けている当事者の方々との意思疎通の取り組みの中で際立って印象的な出来事がたくさんあり、「自分の体験をみんなに知ってほしい。それが誰かの役に立ったら」と、皆さんから預かっていたエピソードがたくさんありました。
また、当事者ご家族から「マガジンを毎回とても楽しみにしています」と言っていただく機会が増え、張り切っていた矢先のことだったので、本当に残念で申し訳なく、体の辛さも相まって泣きました。
そのように待っていてくださる方もいる中で、また、当事者の皆さんとの継続する取り組みの中で信頼関係が深まるごとに、皆さんの語る言葉はより幅広く、深く、軽々と世の中の思い込みや絶望を超えてゆき…。
個別のエピソードは都度書き留めておくようにしているのですが、その中からどれを紹介するか、それらをまとめていく過程でそこから何に気づき、次に繋げていくかという検証や考察にたくさんの時間がかかるということを、これまで甘く見ていました。今度こそ、次号に向け早めに執筆の準備をして、3 ヶ月かけて原稿を書きます。見捨てずに待っていてください。
ちなみに次号の予告になりますが、今号で使おうと思っていた見出しを一部ご紹介します:
テーマ「愛は勝つ」
- 前号のA子さんのお母さんとお嫁さん
- 怖いからこそ。2024 年のあるご家族とのリハビリから始まった。誕生!「ご一緒リハ」
- ここだったのね(痰の巣窟)
- 悲鳴を上げていた心臓が
- 成長したなあ
- これは私たちの問題
- ヨミトリ君最前線
- 生まれた壮大な夢
あー、早く皆さんに読んでいただきたかったなー。
というわけで、ここからは、入院中の私の学びについてお届けします。
なんとなく風邪気味だったのをこじらせてしまったらしく、起き上がれない日が二日続いた後、突然息ができなくなって急いで家族に車で送ってもらい救急外来にかかったところ喘息の大発作で即入院でした。
今まで経験してきた喘息の大きい発作と始まりの感じが違ったので、風邪の息苦しさなのか喘息の発作で息ができないのか判断に迷っていたのがまずだめでした。
「救急車を呼んで 来てほしいレベルでしたよ。危なかった」と救急医の先生からお叱りを受けつつ、いろいろ検査をして病室へ。
意識はありました。喘息と肺炎の診断でストレッチャーで運ばれる途中、病院の廊下の壁の大きな鏡に一瞬映った私の顔は真っ白でした。
ベッドに移り、酸素マスクと、右手にステロイドと抗生剤の点滴と、左手に酸素の取込み量を計る機器。チューブやケーブルが一杯です。
症状の一番ひどかった入院当日の、夜から翌日の朝にかけて計 3 回の痰の吸引をやりました。初めての体験でした。痰を取っていただいて楽になれるはずなのに、吸痰のチューブが挿入されている間は息ができず、すごく苦しくてグエーッと何度もうめきながら、嘔吐きながら、でも同時に、
「そうか、これか。当事者のみんなが言っていたの、こういうことか。チューブをここまで入れるのか。苦しい。いつまで続くの。苦しい」
そして粘膜にチューブの先のエッジが当たる感覚。うめきながら、体感に没頭している自分を認識しました。
当事者の人たちが「すごく苦しいけど吸引をしてもらうと一時楽になります」といつも言われているのはこのことだったのかと、みんなの顔が浮かびました。
施設での指筆談の対話支援中に、「苦しいので痰を取ってほしいから呼んで来てください」と言われて呼びに行ったらすぐ来てくれて吸引をしていただければよいけれど、「今すぐ行けないけど、あとどのぐらいで行きます」と説明してくれたり、「吸痰の間隔が短いとチューブが通る粘膜に負担があるからもう少し我慢できるかな」と回答をもらったり。
すぐ取ってもらえればベストですが、すぐに吸引がなされなくても、何かご本人が納得するそういう対応に繋がった時は、ちょっとは役に立ててよかったと思ったりはするのですが、「高木さん、ありがとう」と当事者の人がわざわざ言ってくださると、そんな些細なことでお礼なんて言わなくていいのにと思うのです。
でも「伝えてくれてありがとう。高木さんがいてくれてよかった」と、やっぱり言ってくれる、そのことの意味が、今回確かにわかったような気がしました。
投薬にあたり説明のあったステロイドの副作用の下痢や不眠は私にも当てはまり、また肺の炎症により食事を取ると後はしばらく息が上がりボーッとしたり。
間でバイタルチェック、診察、検査、吸入薬の吸引や、栄養士さんが来たり、薬剤師さんが来てくれたり。栄養士さんは昼食時に来られて私が食べるのを見ながら、おかずをもう少し小さくカットして出しますとアイデアを。咀嚼時の呼吸の負担を減らすためだそうです。すごく手厚いです。
そして、理学療法士の先生が喘息の患者用の呼吸法を教えに来てくださいました。
正に目から鱗。驚天動地。理学療法士の先生は神でした。
この続きを読みたい方は、6 月発行のマガジン65号で真っ先に「ヨミトリとヨミトリ君でご一緒しましょ!」を開いてくださいね!
体調はおかげさまで順調に回復中です。
早く良くなって、みんなとの意思疎通の取り組みを再開して、当事者・ご家族の笑顔が更に増えるように、一緒に進んでゆきたいと思います。
No Promises. Just Possibilities.
確約はないです。でも可能性は常にあります!
あなたがわかっていること 伝えたい。
情報を必要としている方、意思を表出しているのにそれがまだ伝わらないあなたの大切な方に、指筆談ヨミトリとヨミトリ君が届きますように。
ご一緒しましょ!

